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2012/04/16   スポンサーサイト

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2012/04/16 23:27  堂本剛、化ける

 妄想が現実となった。堂本剛が遂に化けたのである
「Shamanippon-ラカチノトヒ」は堂本剛個人の進化を象徴するだけでなく、
現代POP音楽という土俵で日本人が世界に対してひとつの未来形と可能性を
提示したレベルの作品である。
PrinceやBjorkの作品に触れたときの感覚に近いものを感じるのだ。
過去の音楽体系を飲み込んだ上で未来形に進化させる才能。
FUNK、プログレ、テクノ、Blues、POP Balladなどの現代洋楽を
縦横無尽に駆け回りながらも、その感性の源は研ぎ澄まされた「和」の精神だ。
しかも和楽器を多用した分かり易い「和」ではなく、
音の紡ぎ方、詩の構成、隠し味として和のフレーズを用いることによって、
洗練された洋楽を和の色に染めているのだ。かなり高等な業である。
1曲1曲の完成度も非常に高い。
アルバムの内容に関しては後日改めて少しづつ語りたいが、
堂本剛は紛れもなく世界に通用する才能の持ち主だ。
そしてまだ天井は見えない。どこまで花開くかは今後の楽しみとして、
この才能がジャニーズ事務所所属というのもまた面白いではないか。
ラカチノトヒ、ラカチノトヒ.....繰り返される呪文に日本の未来を見る。

2012/03/10 00:28  「縁を結いて」が発車メロディに

 「縁を結いて」が近鉄沿線5駅の発車メロディ
として1年間流れることになったらしい。
近鉄奈良、橿原神宮前、京都、大阪上本町、大阪阿部野橋。
まさに「縁」を「結う」使者としての役割を全うする運びとなった。

駅はさまざまな人生と想いが交錯する場所である。
一見全くの他人と思える人々が異なる目的で
乗り合わせるのだが、どこかで影響し合い縁を結ぶことがある。
それはほんの一瞬かもしれないし、
後に続く出逢いであるかもしれない。
昨年ベストセラーになった「阪急電車」もそのような
人々の生活を見えない糸で繋ぐような物語であった。
今の日本人が人とのつながりを何気ない生活の中にでも
見つけ出したい、感じ取りたい、と願っているということだろう。
震災、原発問題、台風被害、経済破綻を経験してからは特に
その想いは強まるばかりである。

「縁を結いて」は今このタイミングだからこそ選ばれたのだろう。
2年前であればおそらく実現はしていなかったに違いない。
映画「平安結祈」もしかり、彼の想いが「形」として
昇華されるべき時代がやってきたということだろう。
今までは彼のファンの間でのみ共有されてきた「想い」が
より多くの人々に届き、心をつなげる使命を帯びたのだ。
ここに辿りつくまで10年の月日を要した。
それは彼の人間としての芸術家としての成熟に必要な時間でもあった。
このような人を10年前から見届けることができたことに感謝しよう。

明日は3月11日。誰もが命と大切な人を守りたいと改めて願うことだろう。
しかし、これは単なる通過点に過ぎない。
人々の生活はこの日以降も続くのだ。
せめて縁を結いていくことでこの困難な時代を乗り切れればと願うのみである。

2012/03/04 23:22  祈りとセッション

 観世流の「殺生石」舞台を観る。
シテ方味方玄さんの幽玄能だが、佇まいと型の美しさ、
洗練を極めた装束、流麗な舞、どれも雅で夢の世界へと誘われたが、
九尾の狐の精霊が浄化される場面での緊張感溢れる地響きのような
舞、謡、笛、太鼓が一体となり襲ってくる瞬間、
突然「平安結祈」を想起した。
これらは共に「祈り」であり「セッション」であったのだ。

この演目は鳥羽院の時代、寵愛を受けた美しい女官が
実は狐の精霊であり、陰陽師に正体を見破られ討たれてしまう。
狐の魂は那須高原の巨石に取り憑き、それ以来
近づく生き物達を殺すようになるが、
玄翁という高僧が仏法をささげると狐が石から出現し、
成仏していく。この法力で鬼女達を浄化することを
「祈り」呼ぶ。能楽はこの「祈り」を主題にした演目が
非常に多く、いわば鎮魂、復活を祈る芸能なのである。
平安結祈で剛さんが成そうとした事は、
脈々と受け継がれている伝統芸能と同じなのではないだろうか。
生と死をみつめる祈り、芸能が存在する根本理由を
堂本剛は32歳という若さで自分の足で
辿りついているのかもしれない。

二つ目の共通点は「セッション」。
能樂は普通の演劇とは異なり、基本リハーサルは行わず、
申し合わせと呼ばれる打ち合わせを本番前に行うのみである。
いわば能楽は技術を持った演者達の一発勝負の
セッションなのである。
精霊を呼び出す笛が甲高く鳴り、魂の鼓動を太鼓が鳴らし、
地謡が浄化を唱え、シテ方が円を描くように舞い、
足を踏みならし爆発する。
そう、まるで平安結祈のセッションそのままではないか。
日々の研鑽を積んだ演者達がそれぞれのできる限りをつくして
一瞬の祈りに集中する。それは、ただ自分達が楽しむだけの
合奏でも、観ている者を喜ばそうとするだけのものでもない。
ただ、天に自然に魂に向かって彼らは上奏する。
形は違えど、精神性は似ているような気がするのだ。

とまあ、今は何を観ても聴いても剛さんに結びつけてしまうのだが(笑)
あながち的外れではないですよ...ねえ?

2012/02/27 00:26  平安結祈 −祈りと到達点

 怒涛のように回数を重ねてしまう映画である。
何度観ても最後は息すら忘れて圧倒されてしまう。
この作品は絹の線のように細い運を辿りスクリーン上に現れた。
映画館でこそ真価を発揮し、一人でも多くの日本人に
堂本剛の祈りを届ける使命を果たすべく生れてきたのだろう。

この作品は一切の無駄を省き、核となる部分のみを
伝えているがゆえに美しく潔い。
その成功は堤幸彦という堂本剛の理解者と通訳者の存在に
依るところが大きいだろう。
堂本剛という表現者は才能と創造力は超一級品なのだが、
とかく説明も楽曲も冗長になりがちで、
それが作品の核を見えにくくしてしまう傾向がある。
その余計な部分を堤監督は見事に削ぎ落とし、
最大限に堂本剛という類い稀な才能を有形化したのだ。
そして堤監督自身も最高の素材を得たことで、
TVドラマの枠を超えきれなかった映像作家としての
壁を超える作品を産み出せたように思う。
双方にとって14年という歳月を経た今この時に
再び縁が結ばれたことがひとつの運命なのだろう。

映画は舞台裏の映像はいっさいなく、
この舞台の意味を対談形式で語る場面から始まる。
平安神宮で独創的なライブをかっこよく演りたいわけじゃない、
ただ祈りたいのだと、明確で誤解される隙を与えない序章である。

暗闇に平安神宮が小さく浮かび上がり龍神が門から現れたかと思うと、
「祈」という文字であった。この類似は錯覚であるまい。
僧衣をまとったような剛さんが登場し舞台に上がる。
静寂の中、地を這うような弦音を掻き鳴らし「美我空」が開始。
いきなり荘厳かつ神々を呼び寄せる音魂が会場に満ちる。
映画全編にわたり共通するが、剛さんのギターが会場で耳にするより
前に押し出されている。この場の主が誰であるか音からも明らかである。
そして、各楽器の音が見せ場で映像とともにきちんと輪郭をもって聴こえてくる。
この繊細な編集がこの音楽だけの映画にドラマティックな魅力を与えている。

日本を憂うその姿に不謹慎ながらも色めき立つ「NIPPON」。
画面のひとつひとつが重なり合うように切り替わり音の余韻を残す。
映画ならではの映像効果に酔う。
艶めいた声音で唄われる「Love is the key」。額にかかる髪が色っぽい。
和太鼓の神音とともにはじまる「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」。
力強い美しさに思わぬ涙が零れた一曲だ。
この舞台での助演男優賞はレナード衛藤だろう。
他の共演者も技術的にもマインド的にも劣らぬつわものばかりだが、
彼の和太鼓なしには、天を突き抜ける迫力は出せなかったように思う。
主演を除けば最もよく映り、表情まで分かるほどの存在感があったのは
まぎれもなく彼だ。次のSHAMANIPPONでも彼がキーパーソンになるであろう。
彼の太鼓はまさに「祈り」だ。太古の昔より自然に奉げた音を彼は現代に蘇らせる。

一転、静寂の美を創造するのは「時空」。
剛さんの鍵盤と太鼓の鼓動が宇宙に広がる。
どんなに嵐が吹き荒れようとも脈々と時は続くのだと、厳しくも優しい調べだ。
偶然に降ってきた台風の残り雨が抜群の映像効果である。
想いがせつなく響き渡る「空」。
美しい声というものはなんと悲しいものなのか。

SWING-Oのジャズマンとしての魅力を発揮した「Help Me Help Me」。
機材に肘をついて彼の調べを聴きながら夜空を見上げる剛さんの姿が
なんとも絵になる。撮られていることに無意識に反応してしまう
根っからの演技者のなせる業か。
逃げたい時にはどうすればいい、との語りかけに胸が痛くなる。
もがいてももがいても逃れられない現実にどうすればいいのか。
繰り返される「愛してる」の呪文に光で真っ白になる。
すべてが無になった瞬間、ピンク色に浮かび上がる剛さんのシルエット。
心の強張りが少し解ける。
まるで脚本があるかのような錯覚に陥いるこれらの演出が、
この作品をLIVE映像ではなく「映画」にしているのだろう。

クライマックスは「縁を結いて」。やはりこの曲は特別である。
言霊が聴く者の中に入りこみ、不安を取り除いてゆく。
ちっぽけですぐに壊れてしまう己の存在が
大自然の一部であり、そのまま生きていていいのだと気付かせてくれる。
はかなくも力強い魂達が彼の祈りとともに天に届く。
未来がどんなものであるかは誰にも分からない。
それでもただ、今こうしてただ生きていることに感謝しよう。
ずっと祈りを奉げてきた剛さんのかすかな涙は
彼もまた一個の苦しむ人間であるということをしめす。

祈りは剛如来と十二神将達の合奏で締めくくられる。
全員の魂はいまやひとつだ。ひとつひとつの音が天に奉げられる。
剛さんがラストに相応しいテーマを決めると、
SASUKE、ふさはら、かわ島三人衆のパワフルな管が答える。
そして剛バンド最古参の十川さんの真摯な鍵がつづき、
見せ場である衛藤兄弟、屋敷の太鼓合戦が始まる。
血がたぎるとはまさにこの事だ。
なんと力強く楽しそうな闘いの神々の競い合い。
ボルテージは一気に頂点へ突き抜ける。
圧倒的な競演の後は紅一点の女神、平岡恵子。
彼女は素晴らしい声と実力ももっているのだが、
残念ながらこの映画ではあまり重要な役どころが与えられなかった。
しかし、この場面ではさすがの声を披露してくれた。
続くは若手ながらも世界を相手にするKEN KENの独創的なベース。
さすがの実力発揮である。負けじと頑張るは竹内朋康のギター。
新参ながらも渋い魅力を発揮するのはSWING−O。
鍵盤で三味線の音を再現するなど、一筋縄でいかない
堂本剛の音楽世界にうってつけの人材であろう。
名人芸を披露するのは名越由紀夫。実に器用な人だが、
剛さんの傍では隠し持ったエキセントリックさを発露する。

真打ちはこのつわものぞろいの十二神将をつき従える堂本剛。
彼は完全にこの舞台を支配していた。
随所に片手を挙げ指示を出す姿が映し出される。
堤監督の意図的な編集だろう。
この圧倒的な舞台は彼一人に支配されているのだと見せつける。
魅力的な俳優人達を効果的に見せながらも、
主演が誰であるか明確に物語るあたりはさすが映画監督ならではだろう。
この映画での堂本剛はとにかく魅力的だ。
つけいる隙がないのである。主演男優として完璧な「堂本剛」を演じていた。

この映画の観方は十人十色であろうが、
暗くもがかざる負えない日本の現実に対する「祈り」と
堂本剛の創造者としての10年の集大成の意味があるように思う。
無駄をいっさい省いたがゆえの境地。
映画の最後に発表されたSHAMANIPPONではまた新たな世界観を構築していた。
堂本剛のひとつの時代が終わりを告げ新たな扉を開いたのだ。
この映画によって現地点での彼の最高地点を私達に最も分かり易い形
でみせてくれた堤監督に感謝である。
春の建国が待ちきれない。彼の創造者としての人生はまだまだ続くのだ。

 

 

 

 

 

2012/02/25 00:53  『平安結祈』開幕

 初日2回観了。10回は観るであろうが、
この初見の震えをとりあえず留めておきたい。

想像以上の世界が目の前に繰り広げられた。
圧倒的な音と映像。おそらく現場で観るよりも
堤監督はリアルに時空を切り取っていた。
余計な小細工は一切ない。ただ、堂本剛の発する
魂とエネルギーに彼は寄り添ったのだ。

剛さんの声とギターはいつも以上に深く響き、
彼と仲間達が紡ぎ出す音世界は
圧倒的な独創性と精神性を兼ね備えていた。
歌唱はそれほど多くはないが、そんな事は露も
気にならないほど音自体が一遍の叙事詩であった。
深海を泳ぎ夜空を飛翔するかのごとく心と体が揺さぶられる。
これほどまでに魅力的であっただろうか。
バンドメンバーも全員魅力的なソロを披露してくれたが、
レナード衛藤の貢献度は特に高い。

映像も素晴らしい。音世界と完全にシンクロし、
芸術性豊かであった。従来の堤監督の映像とは趣が異なり、
シンプルだが洗練され凛とした美しさが漂う。
剛さんがとても綺麗だ。朱の着物が仏像のようでもあり、
さしずめ剛如来と十二神将といったところか。
後ろにそびえた平安神宮が神秘的であり、
台風の残り雨が効果映像のように奇跡的なタイミングで降る。
舞台の光線を非常に上手く利用し、幻想的な世界観を構築していた。

奥へ奥へと入り込む魂。行き着く先には広大な宇宙が広がっている。
そんな世界であった。堂本剛はやはりただ者ではない。
映画の最後にSHAMANIPPONの広告があったが、
男ビョークのような前衛アートであった。
春の建国が待ちきれない。

兎に角観て欲しい映画だ。音楽好きもアート好きも
そして苦しみを抱いている人にも。
観る方にも受け皿が必要な作品かもしれないが、
必ずや五感、六感に訴えてくるだろう。

明日はもう少しストーリーをきちんと追って語ることにしよう。

 

 


 

2012/02/18 23:44  夜会 Vol.17 2/2

 中島みゆきの『夜会 Vol.17 2/2』を観る。
以前よりTVドキュメントなどで気にはなっていたものの、
初のみゆきワールド体験である。
凝った舞台装置と何年もわたって練られた脚本は
エンターテイメント的にもなかなか見応えのあるものであった。
しかし、やはりこの舞台の真骨頂はみゆき情歌であろう。

「情念の女王」の異名をもつ彼女だが、
その深く質量ある歌声は自己の内面を抉り、
愛情とも怨念ともつかぬマグマを抱えていた。
時に荒波のように時にさざ波のように
彼女の声は聴く者に襲いかかる。
普段の素っ頓狂なしゃべり声も剛柔な歌声も
どちらも彼女の本質なのだろう。

そして詩曲もドラマティックで業が深い。
泥沼の中からでも這い上がる生命力をもつ。
劇中とくに気に入ったのは「紅い河」と「竹の歌」。

けして折れぬ地下に根を張る竹林、
岸に置き去りにされた心が流れゆきさかのぼる紅い河

なんと凄まじいエネルギーなのか。
彼女の愛はどこまでも形を変えて生き残るようだ。
「2/2」の物語も彼女の情の深い前向きな色が反映されたものだ。
観る前は主人公の精神分裂話と想像していたのだが、
鏡の中の自分=死産した双子というオチであった。
茉莉と莉花でジャスミン。二人でひとつ。
自己の内面葛藤に終始しないところが、
彼女の強さなのだろう。
鏡の中のもう一人に狂わされながらも、
ギリギリのところで踏みとどまり、
片割れごと抱えて生きてゆこうとする。

繊細で狂気を内に秘めているが、
生命に対する深い愛情をもっている。
これは我らが堂本剛にも共通するであろう。
つくづく似た人に惹かれるものだ。

「2/2」には最新アルバム「荒野より」からの曲も多くあった。
古い曲と織り交ぜても一つの物語になるのだ。
彼女がいかに時代に関係なく、己の魂に従い創作活動を続けているかがわかる。
人生そのものが作品であり中島みゆき物語であるのだろう。
また機会があれば観にゆきたい作品に出会えた。

 

2012/01/29 22:59  勝手にセレクト  愽睛掘

 『平安結祈』情報が解禁となり、次に来るのは新アルバムの情報だろうか。
TVをながめていると麦とホップのCMに偶然出くわしたりして、
なんだかそわそわと落ち着かない気分になる。
どうにもじっとしていられないので、
お気に入りの曲達を集めて遊んでみた。

テーマは『浮遊』
音の意識が分子レベルで肌になじまず、
聴いていると気持ちいいのにどこか不安にもかられる曲だ。
ここ数年LIVEでよく披露される曲はあえて省く。
マイナーな子達にもたまには日を当てねばね。

ということで、一言コメント付で勝手にセレクト開始。

[のカマイタチ(si:)
  霧のたちこめた夜に聴きたい幽玄物語

誰かさん(si:)
  イントロギターで怪談が始まり、暗示にかけられてゆく...

G┐豼諭淵愁瓮ぅ茱轡痢
  切れた舌で氷と遊ぶ自虐的な主人公にめろめろになるサーカスな夜

いいてゆくことが(The Rainbow Star)
  赤い原稿を読むニュースキャスターと痛いよと叫ぶ珊瑚が夢かうつつか..

ネ此Coward)
   心臓の鼓動が生命と狂気の淵をふわりとなぞってゆく

Ω羃脆検Coward)
  カラフルなおもちゃ達が残酷な明日を語るおとぎばなし

DARLIN'(Neo Africa Rainbow Ax) 
  強烈なリズムに濡らしてる自分をファルセットで悦ぶ性愛賛歌

┰の上には赤いBLOOD(Neo Africa Rainbow Ax)
  明るく歌う自傷行為。赤い血は生きている証。

深紅なSEPPUN(I and 愛)
  ネオンは星空を生コロス。接吻で未来を架ける極上のエレクトロFun9

H/A/P/P/Y(I and 愛)
  テーマはH/E/N/T/A/I。耳元の舌がお気に入りの24式ぱみゅぱみゅPOP

吠えKey(美我空)
  やわらかな声で吠えFUNK。軽やかな太鼓と絡み合う無国籍なささやき。

technologia-意思(Nijiの詩)
  浮遊する意識。性を超越した水の精がささやく未来への呪文。

こうして年代順にピックアップにしていくと、
彼は中毒性のある楽曲をずっと創り続けているのだと驚く。
よくもこれだけひと癖もふた癖もある曲を沢山産み出せるものだ。
今回は歌唱もの12曲に絞ったが、今度はインスト曲でやってみよう。
彼のインストセンスは素晴らしい。

嗚呼、ますます早く次のアルバムが早く聴きたくなってきた。
藪蛇な行為であったか。。待てないよー剛さん!

 

2012/01/24 00:30  平安結祈解禁

 平安神宮LIVE映画の情報がようやく解禁となった。

『平安結祈ーheianyuki 2月24日〜3月11日』

縁を結いて平安を祈り、生きる勇気をもつ。
タイトルも上映期間もとても彼らしい選択である。
TOHO系約60館にて全国上映と、届かない地域はあるものの
なるべく多くの人達に届けるべく、
かなりスタッフさん達が頑張ってくれたようだ。

TOHOのHPに堤監督のメッセージが掲載されている。
彼が平安神宮で感じた32歳の堂本剛の一端が垣間見える。
以下抜粋

**********************************************************

この国の未来のために。いま、平安神宮の空に、結ぶ祈り

         堤幸彦監督

響き合う生命のメッセージ 美しき国を想い、溢れ出る涙
祈りは音楽となって充ちていく…

命を巡る音、つながり合う縁、結ばれる祈り…。
堂本剛、伝説のライブが、いまスクリーンで甦る。

千年の古都、京都から祈りを込めて。
厳かにして神聖なる平安神宮をステージに、
堂本剛が、瞬間そこにあるすべてを昇華し、
大いなるものへと奏上する、魂の調べ。
あの日の天と地と音楽の奇跡を、あなたも目撃する。
           
***********************************************************
 
堤監督も語っているとおり、彼のパフォーマンスは祈りに昇華されている。
能は元々春日大社の御神木に向かって奉げられた舞であり、
舞台に描かれている松は観客を松と見立て、鏡に写った姿であるそうだ。
よって能は観客に向かって舞っているのではなく、
今も神への祈りなのである。
古来よりどの地域でも歌と踊りは奉げ物であったはずだ。
彼が芸術活動をする意味も、もはやこのシンプルな根源に辿りついている。
私達がその祈りを共有するには商業ベースにのるしかないが、
彼の作品は目立たなくとも、共に想いを同じくする同志により
静かに守られ育まれているように思うのだ。
雑草のような強さはないが、富士に寄り添う月見草のような
端正な品と美しさを感じるようになった。

台風で観ることが叶わなかった平安の舞台。
何かに導かれるように再び結ばれた縁しを通して体感すべき祈りなのだろう。
あと1ヵ月。待ちきれない日々が続く。

 

2012/01/04 23:45  第二十四回小喜利の私

 新年あけましておめでとうございます。
今年一年の運を早速使い果たしたのか、
はたまた幸運の予兆なのか、
「第二十四回小喜利の私」に参加してまいりました。

紫のスカートとちゃんちゃんこ姿の剛くんに
ひたすら可愛いと唱えつづた3時間。
小喜利といいつつも、歌やトークはあるだろうと
タカを括っていたら、本当に最初から最後まで大喜利(笑)
この為だけに日帰りで新幹線往復という
自分の馬鹿さ加減に新年早々あきれつつも、
彼が周囲に愛されていること、彼の愛が優しく周りに
向いていることを再確認できたので良しとしよう。

このイベントでまず目を引くのはスタッフの頑張りであった。
会場玄関から落語寄席のような気合いの入った飾り付け。
入口では鈴付きの可愛いミニ座布団記念品で出迎えてくれた。
会場に入ると歌舞伎のような豪華セットに電飾提灯とこたつにミカンw
ステージでは黒子が何やら準備している。
準備スタッフまで扮装しているとは、
何やら高校文化祭のノリである。
前座と休憩を告げるのはわざわざ大阪まで録音しに行った
という小枝師匠。手間を掛け過ぎである。
そして小姓姿のスタッフが神輿を担いで真打ち登場。
担ぐ人数が多すぎるし、神輿も立派すぎる。
距離があまりに短いのでこたつを二周回っている(笑)
ちんまり乗せられた剛さんが大事にされているのか
オモチャにされているのか...とりあえず可愛い。

さくさく進行する天の声は浅越ゴエさん。(←後で知ったw)
これもまたナイスな人選である。
ばっさばっさ切りながらも適度に優しく、
鞭と飴の使い分けが抜群。
彼が素晴らしい進行とつっこみ(たまにボケ)を担当して
くれるおかげで、剛っさんはおネムな頭で回答に集中しつつ、
ファンは可愛い彼を存分に楽しめるという完璧な構成である。

スタッフの仕込んだ小ネタは挙げたらきりがない。
籠に盛ったミカンの一つが皮だけだったり、
小喜利で10点満点のご褒美が運んでくる黒子の使用済
リップクリームや靴だったり。
でもたまに甘いエクレアや冷めたコーヒーが運ばれてくる。
一応メインの体には気を使っているらしいw
休憩はもちろん神輿で入退場。
最後は面倒くさかったのか座イスを持ち上げての移動(笑)
あくまで殿を歩かせないのが、彼らの忠誠心か。

この文化際ばりのアットホームな雰囲気にはデジャブを感じる。
なんだっけ...ああ、正直しんどいとケリータンクだ。
今回はフジテレビ主催で面子は被らないはず。
どうも彼の周りにはこういう類いのスタッフが集まるらしい。
二週間で作り上げたとは思えない仕事っぷりを披露してくれた
スタッフの皆さん、本当にありがとう。
彼らの剛さんへの愛と、一緒にいい物を創ろうという意気込みを
随所の感じたいいイベントでした。

そして、主役の剛さん。とりあえず可愛い。とにかく可愛い。
考える格好もおネムで舌ったらずな口調も天の声に拗ねてる顔も全部可愛い。
可愛いことしか覚えていない。(馬鹿丸出し)
でも彼は頑張りました!ほぼぶっつけ本番と思えぬ機転で
小喜利をやりぬき、なかなか見ごたえのある芸でございましたよ。
お笑いの才能だけはイマイチかと思いきや、笑点系は結構イケるかも。
絵も上手いし、発想が自由で名回答多し。
完全レポはそこらじゅうにアップされているので
そちらをご参照ください。(←レポができない女)

この日のメインメニューである告知は皆さまご存知、
タンク建設&平安神宮映画化。
これは通えといわんばかりの活動内容。
ええ、ええ、通いますとも。貢がせてもらいまっせ。
堤監督でえらくお金かけてるなあ、と思いきや映画ときたか。
ここ数年ライブ映画は結構流行っているけれど、
まだ日本では数少ないので、これも彼のチャレンジのひとつか。
現在もアルバムレコーディング中とのことなので、
発売は桜の季節かもしれない。
最新の音がどの方向へ向かっているのか...
本人曰くかなりかっこいいらしい。期待大。

少なくとも今年はあの鬱陶しいMCはなさそうである。
昨年の大惨事を目の当たりにし、命や愛を伝えることも
大切だが笑いを届けることも重要だと悟ったと語っていた。
嬉しい気付きである。私自身、身心共に大変な時期は
あの説教MCを受け入れる心の余裕はなかった。
彼の愛がまた大きく優しくなっていることを
再確認できたのは何より嬉しい。

今年は平成24年の龍。まさに堂本剛のためにあるような年。
これで作品がしょぼけりゃ、彼の才能もそれまでか。
焦る必要は全くないが、爆発す時べきに時に爆発しなければ
いくら才能があってもそれは可能性でしかない。
ジャンプする実力は十分に備わっている。
今年一年、彼の飛躍の年になるよう龍神に祈るとしよう。

 

2011/12/21 01:05  賞味期限

 数年ぶりにKinKi Kids活動を追っかけている。
新しい友人達とやんややんや言いながら、
アイドル萌えするのはなかなか楽しいものである。
懐かしい映像と現在の姿を交互に見ながら、
まだまだ可愛い♪などと32歳のおじさんを愛でつつも、
ほとんど変化のない彼らのグループ活動と
変化していく彼らをめぐる環境に
時の流れをやはり感じずにはいられない。

今年のメイン活動であるKアルバムは中身の濃いもので、
アルバム自体が今までお世話になった大御所達が
勢ぞろいした豪華版であった。今年の一字である
「絆」をテーマに、時代に寄り添った企画でもある。
さすがに通常のアルバムなら目玉になる布陣ばかりで
揃えたラインアップは捨て曲なしの充実した内容あり、
KinKi Kidsの成長したボーカルとあいまって
アイドルPOPアルバムとしては最高レベルの作品ではないだろうか。

しかし、これほどの内容であってもKinki Kidsは
既に時流に乗るグループではないようで、売上も伸びる様子はない。
CMもドラマもバラエティもほとんどなく、
ファンでなければ活動しているのかさえ気付かないほどの露出である。
状況が変化しているのは彼らだけではない。
年末TV特大号表紙からとうとうSMAPが消えた。
CM数も嵐が上位を独占するようになっている。
業界裏で画策されていた世代交代が表面化してきたのだろう。

このような状況で、KinKi Kidsはどの道をゆくのだろうか。
個人活動ではそれぞれ路線が確立されつつあるが、
グループとなるとあいまいな色になる。
Kアルバムも良く出来てはいるが、15年間の集大成と関係者との絆
はあれど未来に対するビジョンは見当たらない。
大人のアーティストとして、二人でアルバムを製作した感はなく、
今までと同じくバラバラに作業し、スタッフがそれをまとめている。
結局彼らはアイドルとしてのみ機能する関係といえるだろう。

それは決して悪いことではない。
そもそも彼らがジャニーズとして出会った意味は
音楽を二人で製作するのではなく、
二人で夢の世界を作り出すことにあるのだ。
ファンに妄想を与えること、それが彼らの一番の仕事である。
その本業さえ全うしていれば、まだまだドームを埋め尽くす
ファン数はキープできるのではないだろうか。
お茶の間の売れっ子アイドルは卒業させられてしまったが、
まだまだオタク層には賞味期限があるように思える。
生きのびる道はまだ閉ざされてはいない。

というわけで、年末は妄想しに行ってきます(笑)

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